【考察】大河ドラマ「べらぼう」第30回!‎

 

おはようございます
3連休のラストの月曜日の朝です

昨日は一日中事務所で作業
来客対応午前中に2件、午後には4件
あとはひたすら申請書類作成など

で、月曜日というけとで
大河ドラマ「べらぼう」第30回

『江戸生艶気樺焼』が売れ耕書堂は開店以来の大盛況となる。
重三郎は狂歌師と絵師が協業した狂歌絵本を手がけるため
“人まね歌麿”と噂になっていた歌磨を売り時と判断し起用
しかし“歌麿ならではの絵”を描いてほしい依頼されるも
自分の絵の描き方に苦しんでいた、そこへ………。

 

 

ドラマのあらすじに関してはこちらへ
大河ドラマ「べらぼう」公式サイト

白河藩主となっていた松平定信一橋治済から
公儀の政への参画を打診され江戸城溜間詰となる

将軍に拝謁するために登城した大名たちは
大名の家格に応じた殿席いわゆる控えの間へ案内されます

家格が一番高い大名は御三家御家門
将軍家の親族と加賀前田藩で大廊下詰め

次の家格が溜まりの間詰とよばれる大名で
江戸城黒書院に付属する溜間に詰める大名で
幕政顧問の立場に担う少数の有力譜代大名

彦根藩井伊家会津藩松平家高松藩松平家は定席とされ
このほか、いまの埼玉県にあたる忍藩松平家
姫路藩酒井家松山藩松平家桑名藩松平家などが
折に触れて溜間詰となったそうですがその他にも
老中経験者も溜間詰を命じられることがあったようです

白河藩主松平定信は家格の点からは本来は溜間詰には
なることはなかったそうですが8代将軍吉宗の孫という
血統から特別に溜まりの間詰めとなり
劇中のように老中田沼意次の政治を批判したそうです

幕末になると津山藩松平斉民が11代将軍家斉の子
という血統から溜間詰とされていることから
親藩・譜代大名の重鎮の中からも選ばれ
幕政顧問といった立場から幕政の重要事項や
老中の任命などについて将軍の諮問を受け
老中との協議にあたることもあったようです

こうしたことから全国の各藩は家格を上げて
藩の存在感を示すために将軍家や御三卿から
積極的に養子を迎え入れることもあったようです

次回、利根川決壊で大洪水の江戸で重三郎は深川を訪れる
意次は体調を崩した家治からある話を聞く…。
第31回「我が名は天」

という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!

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