今回の解散は何解散か?

 

おはようございます
1月最後の日曜日の朝です

昨日は一日中事務所で作業
午後からは来客一件あり対応打合せ

さて一昨日の衆議院解散でネットニュースは
その多くが選挙関係のニュースなのと
SNSも選挙関係の投稿が目立ちます

衆議院解散がされるとよく〇〇解散という
ネーミングがなされ後世まで語り継がれます
今回の解散に関してはまだ〇〇解散と言った
これ、というものはまだ出てきてませんが
過去には色々な解散のネーミングがあります

過去の衆議院解散の「ネーミング」とその由来を
ぱっと思いつくものを振り返ってみます

「バカヤロー解散」(1953年・吉田内閣)

衆議院予算委員会で
吉田首相が質問した議員に向かって
「バカヤロー」と発言したことが引き金となり
これをきっかけに内閣不信任案が可決
結果として衆議院は解散されました

首相の一言が国会を吹き飛ばした
日本政治史でも屈指の“語感の強い”解散です

「ハプニング解散」(1980年・大平正芳内閣)

当時の自民党内では40日抗争とよばれる
激しい主導権争いが行われていました
抗争は一旦落ち着きを見せたもののその後再燃

非自民・反主流派の流れを止められず
5月16日に野党の社会党が内閣不信任案を提出

自民党は過半数を占めていたため
同案は否決されると思われていましたが
反主流派の中心とした多数の欠席により可決され
解散することになったってしまいました
この解散は予測できなかったことから
その後「ハプニング解散」と呼ばれています

死んだふり解散(1986年・中曽根内閣)

高い支持率を維持していた中曽根内閣は
一方で自民党内の基盤に不安がありました

党勢回復のため中曽根首相は
野党の不意をついての衆参同日選を考え
衆議院の解散を否定しながら臨時国会を召集
野党は臨時国会召集の理由を求めたものの
自民党からの回答はありませんでした

野党は反発し本会議が開けない状態になり
その間に、議長応接室で議長が解散詔書を
読み上げ衆議院は解散

後に中曽根首相が「死んだふりをした」
と発言したことをきっかけにこのネーミングに

神の国解散(2000年・森内閣)

首相は神道政治連盟国会議員懇談会で
「日本の国は天皇を中心としている神の国である
ということを、国民の皆さんにしっかりと承知を
していただく」と発言

この発言が政教分離の原則に反すると批判され
内閣の支持率はさらに下落
野党から内閣不信任案が提出されるも
その投票を行う前に森首相は解散を決定

この首相の発言内容から
2000年6月の解散には「神の国解散」
という呼称が定着しました

「郵政解散」(2005年・小泉内閣)

郵政民営化法案が参議院で否決されたことを受け
首相が「国民に信を問う」として踏み切った解散

刺客候補やワンフレーズ政治など
選挙そのものが劇場化し
解散の名前自体が政策テーマをそのまま表す
非常に分かりやすい例となりました

「近いうち解散」(2012年・野田内閣)

野田首相が国会で
「近いうちに国民に信を問う」と発言したことが
そのまま名称に

ただし、その「近いうち」がなかなか来ず
結果として言葉が一人歩きした解散でもありました

アベノミクス解散(2014年・安倍内閣)

2012年12月に再び首相となった安倍氏は
経済の回復を目標にアベノミクスという
経済政策を打ち出していました

首相は消費税引き上げを前に増税の延期を発表
この判断について国民の信を問うとして
衆議院を解散し総選挙を行いました

この解散は首相自らが
「アベノミクスを前に進めるか止めてしまうか
を問う選挙だ」として「アベノミクス解散」
と名づけました

こうして振り返ると、
衆議院解散の名前は単なるあだ名ではなく、
**その時代の政治状況や国民の受け止め方を
端的に映す“歴史のラベル”**のようなものだと感じます。

では、
今回の解散は、後にどんな名前で呼ばれるのか

それは選挙の結果だけでなく
この解散が何を問い何を残したのかによって
自然と決まっていくのかもしれません

数年後あるいは数十年後に、
「そういえば、あの解散は――」と
語られる日を少し距離を置いて見つめてみたい
そんな日曜日の朝

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

「今回の解散は何解散か?」へのコメント

コメントはありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください