
おはようございます
6月も最後の月曜日の朝です
昨日は一日事務所で申請書類の作成
午前と午後にそれぞれ来客1件あり対応打合せ
あとはひたすら申請書類の作成と資料整理など
で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第25回
信長の新たな城である安土城が完成
祝宴の場で信長は家臣たちに相撲を取るよう提案
若き近習の森乱の相手に信長が指名したのは
なぜか林秀貞や佐久間信盛、安藤守就ら長老格
余興と思いきやあえなく敗北した3人に
信長は問答無用で追放を言い渡す
今回のストーリーはこちら
→大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト
実は信長は戦国武将随一ともいわれる相撲好き
といわれていましたがその様子は
『信長公記』にも詳しく残されています
『信長公記』によると天正6年(1578年)2月には
近江国中から約300人の力士を安土城へ集めて
相撲を取らせ優秀だった23人に扇を与えています
さらに同年8月15日には近江や京都などから
約1,500人もの力士を集め朝から夕方まで
大規模な上覧相撲を開催しました
行司まで配置され家臣たちも抱えの力士を
参加させるなどその規模はまさに戦国最大級の
相撲大会だったと言われています
ただ信長は相撲を単なる娯楽とは
考えていなかったようです
強い者には太刀や脇差、衣服、知行などを
惜しみなく与えその力量を高く評価しています
『信長公記』には優れた力士へ百石の知行を
与えたことまで記されており
人材登用の場でもあったことがうかがえます
中でも有名なのが近江出身の力士・日野長光
信長はその強さを認め金銀で装飾された
特別な扇を授けるなど厚遇しました
また伝承では森家に召し抱えられた
「森彦七(可成)」のように力自慢が武士として
取り立てられた例も語られており戦国時代には
相撲が立身出世の舞台でもありました
今でも幕内の取組後に行われる「弓取り式」は
優勝した力士が信長から賜った弓を手に舞った
ことが起源の一つになったという説もあります
安土を訪れるならまず外せない安土城跡は
信長が壮大な上覧相撲を催した舞台であり
大手道を歩けば当時の壮観を想像できるそうです
城跡内に残る摠見寺や安土城郭資料館では
信長と安土城の歴史に触れることができ
近江八幡市も安土を「近代相撲発祥の地の一つ」
として紹介していて信長と相撲の歴史を
今に伝えているといわれています
次回、小一郎と秀吉は信長と市を長浜城に招く
第26回「信長を笑わせろ!」
という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!
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