【考察】大河ドラマ「どうする家康」第32回!

おはようございます
週の始まり月曜日の朝です

夏の甲子園高校野球は本日準決勝
地元茨城県代表の土浦日大高が決勝進出をかけます
ほとんど見てないのですがそれでも地元県代表の
チームが活躍すると気分が盛り上がります

で、月曜日ということで
大河ドラマ「どうする家康」第32回

秀吉の10万の大軍に対し家康は
前進し小牧山城に兵を集める
互いに腹の探り合いが続く中
家康方は秀吉の悪口を書き連ね秀吉を
揺さぶる一方で城の周辺に謎の堀をつくる

ドラマのあらすじに関してはこちらへ
どうする家康公式サイト

今回のドラマは徳川家臣団もかなりの
個性派ぞろいのキャラ設定となって
いますが井伊直政もその中の一人

井伊直政は彦根藩井伊家の初代当主で
徳川幕府成立後は譜代大名の筆頭格として
井伊家は幕政の中心的な存在ですが
2017年大河ドラマ「おんな城主直虎」でも
直政は主人公直虎の甥として登場しました

徳川家康の家臣団の中では三河からの家臣でもなく
新参者であったにもかかわらず異例の出世を遂げ
後に徳川四天王と言われ石高も家臣団の
中でもトップに上り詰めました

当初は単なる小姓で雑用係に過ぎなかった
直政がこれだけのスピード出世をした理由は
実は謎とも言われています

直政は15歳で家康のもとに出仕して
22歳で旗本先手隊の大将に抜擢
30歳にして上野国箕輪の城主として
家臣の中でも最大の12万石を拝領し
家臣筆頭に躍り出ました

直政が異例の出征を果たした理由として
言われている理由としては

①当時の武将では珍しくなかった男色の寵童だった
②築山殿が井伊氏出身だったため破格の待遇を受けた

という2つの説が言われているようです

実際に井伊直政は当時としてはかなりの
美男子であったと言われていて
大河ドラマ「おんな城主直虎」でも小姓の中で
家康のお手付きとなるいわゆる色小姓として
出世をするというくだりが描かれていました

また直政は今川氏の家臣である井伊直親
嫡男として生まれますが父直親は謀反の嫌疑を
受けて今川氏真に誅殺され幼少の直政(当時は虎松)
は死んだものとされ寺に預けられます

井伊家は直親の妹に当たる次郎法師が
井伊直虎として井伊氏の当主となりますが
その後井伊家は一旦事実上の消滅をし
その後虎松は徳川家に出仕します

築山御前の母は井伊直政の曽祖父の娘にあたる
という記録があるそうで、そうなると直政の父が
築山御前とは従姉弟にあたることになり
そうした繋がりが直政の異例の出世に何らかの
影響があったのではと言われています

家康に仕えてのちに井伊家の再興を許された
直政でしたが旧武田領の攻略や北条との交渉等
実際に仕事の場面でも多くの戦功をあげた
といわれていることも事実であり器量も
備わっていたことも出世の要因で
あったことも事実としてあったと思われます

まあ、
今後も存在感のある描かれ方をするとは思いますが
直政はどのような活躍を見せるのでしょうか

次回は石川数正が動く、第33回「裏切者」

という訳で
今日も一日がんばって行きましょう!

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