
おはようございます
3月最初の月曜日の朝です
昨日は朝から事務所で作業
夕方には来客数名あり対応打合せ
で、月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第8回
小一郎らは墨俣へ出陣した
だが信長の真の狙いは墨俣ではなく美濃三人衆の
一人である安藤守就が守る北方城だった
藤吉郎は、美濃国主斎藤龍興の目を北方城から
そらすための捨て石と承知の上で墨俣に
砦を築く大作戦に着手する
直は小一郎と夫婦になる許しを得るため
中村に戻ると意外にも父喜左衛門から
手厚く迎えられるが…
今回のドラマに関してはこちらへ
大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト
小一郎が攻略に失敗した相手・安藤守就
そして稲葉一鉄、氏家直元の三名はのちに
「美濃三人衆」と称され西美濃に強い勢力を
築いた国衆の代表格でしたがもともとは土岐氏
のちには斎藤氏に仕えた在地領主層です
もっとも「美濃三人衆」という呼称が広く
用いられるのは彼らが織田信長方に
転じて以降とされています
これは先行する三好三人衆の存在を意識した
後世的な呼び名とも考えられています
三人衆に関する史料は軍記物や家譜などで
なかでも稲葉氏関係の古文書は
比較的多く残る一方てま安藤氏・氏家氏の
文書はきわめて少ないようです
三人はいずれも数代にわたり美濃に土着し
当初は守護・土岐氏に仕えていました
やがて土岐氏が没落すると
これに代わって台頭した斎藤氏に従属します
永禄年間、織田信長による美濃攻略が本格化すると
彼らは斎藤義龍の家老としてその名を
知られる存在となりました
当時の動向は『美濃明細記』や『信長公記』などに
記されていますが『信長公記』によれば
永禄10年(1567年)三人衆は斎藤氏のもとを離れ
織田信長に属することとなります
この離反が美濃攻略の帰趨を決定づけた
大きな要因の一つでした
その後三人は織田氏の配下として信長の上洛に従い
以後の諸戦に参陣しますが、その後の歩みは
三者三様で各々異なる末路を辿ることになります
このあたりは
今後の物語の中で描かれていくことでしょう
とりわけ小一郎にとっては今回対峙した
安藤守就との関係は後々まで
大きな意味を持つことになります
なお本筋には直接関わりませんが
稲葉一鉄の娘は明智光秀の重臣斎藤利三の妻と
なりましたがその娘、すなわち一鉄の孫が
のちに徳川三代将軍家光の乳母となり
大奥の礎を築いた春日局となります
この人物像は大河ドラマ『春日局』でも描かれ
多くの人に知られることとなりました
次回、軍師竹中半兵衛が登場
第9回「竹中半兵衛という男」
という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!
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