
おはようございます
4月も最後の週の月曜日の朝です
昨日は一日中ずっと事務所で作業
申請書類の作成と資料整理の一日
午後には来客2件あり打合せなど
で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第16回
宮部継潤調略の命を受けた藤吉郎に対し
継潤は藤吉郎の子を人質として要求
子のない藤吉郎は姉ともの子を
差し出そうとするがともは激怒し
あとは小一郎に説得を任せる
一方、敗走した浅井長政と朝倉義景は
比叡山延暦寺に立てこもる
信長は寺を焼き払えと光秀に命じるが
藤吉郎は自分に命じることを名乗り出る
今回のストーリーはこちら
→https://www.nhk.jp/g/ts/P52L88MYXY/
戦国時代の中でもとりわけ衝撃的な
出来事として知られるのが1571年の
比叡山延暦寺の焼き討ち
これは単なる戦いではなく
宗教勢力と武家権力の衝突を象徴する
事件でもありました
比叡山延暦寺は806年に最澄によって
開かれた由緒ある大寺院でしたが
長い歴史の中で朝廷や武家の庇護を受け
広大な寺領と財力を持つ一大勢力へと成長
戦国時代には僧兵も抱えその影響力は一国の
大名に匹敵するほどだったといわれています
しかしこの強大な宗教勢力は天下統一を
目指す織田信長にとって無視できない存在で
1569年信長は延暦寺の寺領を没収し
これに反発した延暦寺は朝廷に訴えます
朝廷は返還を命じますが信長はこれを拒否し
両者の対立は決定的なものとなっていきます
同時期、将軍家では内紛から足利義輝が
暗殺されるという事件が発生しその後
仏門に入っていた足利義昭が信長の後ろ盾で
将軍となり信長は政治的な影響力を
さらに強めていきました
いわゆる「金ヶ崎の退き口」から体勢を
立て直した信長は反撃に転じて浅井朝倉両氏を
徐々に追い詰めていくと彼らは比叡山延暦寺を
頼りますが延暦寺は中立を保たず結果的に
信長の敵対勢力をかくまう形となります
信長は事前に「敵を匿えば焼き払う」と
警告を発していましたが延暦寺はこれに拒否
こうして1571年9月12日ついに信長は
比叡山への総攻撃を命じます
織田軍は坂本から火を放ち山全体を包囲
寺院だけでなく関連する社や建物も次々と
焼き払われ、この戦いでは僧侶だけでなく
女性や子どもも巻き込まれ約3000〜4000人が
犠牲になったと伝えられています
比叡山からは数日間にわたり黒煙が
上がり続けたとされその凄惨さは
当時の人々に大きな衝撃を与えました
ただし近年の研究では山中すべてが
焼き尽くされたわけではなく
実際に焼失が確認できるのは中堂や大講堂など
一部に限られるという説も有力となっていて
記録と実態には差がある可能性も指摘されています
その後延暦寺の再建が始まったのは
信長が本能寺の変で倒れた後のことで
豊臣秀吉の支援を受け、「僧兵を持たない」という
条件のもとで徐々に復興が進められていきました
比叡山焼き討ちは信長の苛烈な一面を象徴する
出来事として語られることが多いようですが
同時に当時の宗教勢力の政治的影響力の
大きさを示す事件でもありました
戦国という時代の厳しさと権力の在り方を
考えさせられる歴史の一幕といえるでしょう
次回信長は再び浅井朝倉攻めを再開
第17回「小谷落城」
という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!
「【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!第16回」」へのコメント
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