【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第28回!

 

おはようございます
3連休の最終日の月曜日の朝です

昨日は終日所用対応の一日
あとは申請書類の作成と資料整理など

で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第28回

信長を討った光秀であったが信長を発見出来ず
焦りを見せる一方で家臣の斎藤利三に
小一郎を捕らえるよう指示をする
京に潜伏する小一郎は備中の秀吉と
家族のいる長浜に急を知らせるとともに
畿内周辺の諸将が明智方につかないよう
足止めをはかっていた
事態を知った家康や勝家らもそれぞれの
思惑で動く中、秀吉はただ信長の生存を信じ
毛利との和睦を急ぎそしてついに
あの”中国大返し”が始まる

今回のストーリーはこちら
大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト

前回の本能寺の変に続き今回は「中国大返し
が描かれた内容でした

本能寺の変では信長光秀に討たれた訳ですが
その傍らで実はもう一つ大きな事件がありました
それは信長の嫡男信忠も同時に討たれていたこと

信忠信長の後継者として家督を継ぎ
尾張・美濃を任されるなど織田政権の実質的な
後継者として育てられていました

長篠の戦いや武田氏滅亡など数々の戦で
武功を挙げたことから家臣たちからの
信頼も厚かったと伝えられています

1582年6月2日未明本能寺にいた信長が
明智光秀の軍勢に襲撃されます
その知らせを受けた信忠
滞在していた妙覚寺から二条御所へ移り
防戦の構えを取りました

一説には脱出も可能だったといわれていますが
しかし信忠は父を見捨てて逃げることを選ばず
最後まで織田家当主として戦う道を選択しました

圧倒的な兵力差の中で奮戦したものの
ついに御所に火を放ち自ら命を絶ちます

信長信忠が同じ日に命を落としたことで
織田政権は一夜にして中枢を失うことになりました

この信忠の死が日本の歴史を
大きく動かすこととなります

もし信忠が生き延びていれば正統な後継者として
全国の織田家臣団をまとめ上げ光秀討伐の
中心になっていた可能性は高かったでしょう

そうなれば羽柴秀吉が急速に台頭する余地は低く
後の「豊臣政権」は誕生しなかったかもしれない
と多くの歴史研究者も指摘しているようです

しかし現実には後継者を失った織田家
主導権争いに突入し、その隙を突くように
秀吉備中高松城から「中国大返し」を敢行し
山崎の戦い光秀を討伐し
「主君の仇討ち」という大義名分を得たことで
一気に天下人への道を駆け上がっていく
ことになるのはご存知の通りです

歴史には「もし」がありません
しかし、本能寺の変で最も歴史を変えた人物は
信長だけではなく信忠も大きな一人だったとも
いえるのではないでしょうか

父とともに散った若き後継者信忠
その死が織田政権の終焉を決定づけ
秀吉の時代そして徳川家康へと続く
新しい時代への扉を開いたという訳です

次回、世に言う山崎の戦いへ
第29回「天下への道」

という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!

 

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