山の日:山を張る、の山はどんな山なのか?

 

おはようございます
お盆前の祝日の火曜日の朝です
会社によってはすでにお盆休みの
ところもあるのかもしれません

昨日は午前中は所用対応
午後からはずっと事務所で
申請書類の作成
来客3件あり対応打合せ

今日は火曜日ですが祝日
2016年から始まった「山の日」

8月に設けられた初めての祝日で
祝日法に記載された趣旨によると

「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する日」

なんだそうです
山と言えば、私たちが日常的によく使う言葉に

「山を張る」
「山を掛ける」

なんていうものがあります
どちらも、

「リスクの大きい賭けに出る」
「可能性の高そうなものに狙いを定める」

というような意味で使われますが
では、なぜ「山」なのでしょうか?

実は、ここでいう「山」とは「鉱山」のことを
指しているという説があります

金や銀などの貴重な鉱脈がありそうな山を
予想してそこへ採掘のための資金や労力をつぎ込む
つまり

「この山にはきっと価値のある鉱脈がある」

と見込んで、大きな投資をすることから

「あまり確実性のない対象や場所に
集中的に資金や労力を投じる」

という意味へと広がっていったと
考えられているようです
そこから例えば試験で

「今年はこの問題が出る!」

と予想して、その分野に集中して勉強することを

「山を張る」

と言ったりします
もちろん本来ならば予想されるあらゆる可能性に
備えて万全の準備をするのが理想です
しかし時間や資源には限りがあります

だからこそ私たちはどこに力を
集中させるのかを考えなければならない
そう考えると「山を張る」というのは
単なるギャンブルではなく

「限られた力をどこに賭けるかを決める」

という人生にも通じる言葉なのかもしれません
仕事でも人生でもすべてに全力を注ぐことは
できません

何を捨て何を残すのか
どこに時間を使いどこに努力を集中するのか

そこにはその人なりの経験や判断
そして「読み」があります
一方で

「一か八かの勝負に出る」

という言葉になると少し意味合いが変わります

「山を張る」にはそこへ至るまでに
ある程度の予測や計算があるのに対して
「一か八か」は、もう後がなく
結果を天に任せるようなイメージがあります

同じ「勝負」でもそこには
大きな違いがあるんですね

人生にはときとして
「山を張らなければならない」場面もあります

ただし本当に大切なのは
山を張ることそのものではなく

「なぜ、その山を選んだのか」

ということなのかもしれません。
十分に情報を集め、考え、準備したうえで

「ここだ!」

と決めたのであればたとえ結果が
思い通りにならなくてもその経験は
次の山を見つけるための財産になります

今日は「山の日」

せっかくの祝日ですから
本来なら実際の山に親しむのもいいでしょう
ただし今回は天候が気になるので難しいかも
で、そしてもう一つ

「自分はいま、人生のどんな山を目指しているのだろう?」

と考えてみるのも面白いかもしれません
人生はただ山を登り続ければいい訳ではありません

どの山に登るのかを選ぶことも
また大切な人生の仕事です、できることなら

「一か八か」

ではなくしっかり準備をして
自分なりの根拠を持って「この山だ」と
決めたいものです

そして一度決めた山なら途中で苦しくなっても
景色を楽しみながら一歩ずつ登っていく
そんな生き方を大切にしたいものです。

今日の山の日」

自分がこれから登りたい「人生の山」を一つ
思い描いてみてもいうかもしれません

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

 

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