
おはようございます
10月最初の月曜日の朝です
昨日は午前中
事務所で申請書類の作成
来客一件あり打合せ
午後には所用で1件外出したあと
事務所に戻り来客一件あり打合せ
で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第38回
秀長らは城下町郡山の商いを活性化して
大和国の財政を根本から建て直しを図るが
既得権益を守りたい奈良の豪商たちに
郡山への移転を拒否される
秀長は郡山で新たに店を開いた筆屋の才蔵の
商いを成功に導きそれを起爆剤に各地から
商人を呼び込もうと考える
一方大坂では、秀吉が帝の許しを得て
新たな「氏」を得ることなり勘案していた
今回のストーリーはこちら
→大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト
劇中では関白となった秀吉が新しく
「豊臣」を名乗ることとなりましたが
ではこの「豊臣」という名字というか名前は
いったいどこから来たのでしょうか?
実は、この「豊臣」という名前
もともと存在していた名字ではありません
秀吉が自分のために新しく作った「氏」
秀吉はもともと「木下藤吉郎」と
名乗っていましたが
その後、織田家の家臣だった丹羽長秀と柴田勝家
から一字ずつ取ったとされる「羽柴」という
名字を名乗るようになります
さらに本能寺の変の後には「平氏」を称し
関白になると近衛前久の猶子となって「藤原氏」
を名乗りました
ところがここで秀吉は考える
「藤原氏では昔から続く藤原一族の中の一人になってしまう」
そこで登場したのが
新しい「豊臣」という氏でした
天正13年(1585年)に関白となった秀吉は
翌1586年に「豊臣」の氏を名乗るようになります
では、「豊臣」という言葉には
どんな意味があるのでしょうか?
実はこれについては現在でも「これが正解」
という定説はありません
「天長地久、万民快楽」という国が長く栄え
人々が楽しく暮らすという意味を込めたという説
「君臣豊楽」という言葉に由来するという説
などが言われているようです
一方で、「豊葦原瑞穂国」と「中臣」を組み合わせた
のではないか
あるいは「豊つ臣」つまり「豊かな臣」という
意味ではないかといった説もいわれています
つまり単純に「豊かで臣下がたくさんいる」
というだけではなく秀吉が天下人として
新しい家を作り上げるために考えた特別な
名前だった可能性があると言われているようです
ここが「豊臣」という名前の面白いところです
日本では古くから「源・平・藤・橘」という
有力な氏がありました
秀吉はその伝統に並ぶ新しい氏として「豊臣」を
作ろうとしたのです
そしてこの「豊臣」という氏は秀吉一人だけの
ものではありませんでした
秀吉の政権では家臣や大名たちにも
豊臣の氏が与えられました
そのため徳川家康や徳川秀忠など
後に徳川幕府を作る側の人物にまで
官位を受ける際に「豊臣朝臣」という名前を
使った例もあったようです
そう考えると大河ドラマ「豊臣兄弟!」で
描かれている秀吉と秀長の物語も
単なる兄弟の出世物語ではなくなってきます
農民に近い身分から出発した秀吉が
やがて「羽柴」となり
さらに「豊臣」という新しい氏を作る
そして兄の秀吉だけでなく
弟の秀長も「豊臣秀長」として歴史に名を残していく
「豊臣」という二文字には秀吉が自分の人生を
かけて築き上げた新しい時代と新しい家の
名前が込められていたのかもしれません
ちなみに現在でも「豊臣」という名字を
名乗る人はいるんだとか
私は直接は会ったことはありませんが
次回は秀吉が秀長の提案に激怒?
第39回「茶々の本心」
という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!
「【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第38回!」へのコメント
コメントはありません