弘法大師だって筆を誤ることがある

おはようございます
週の締めくくりの金曜日です
連休明けの一週間でしたが
普通に活動できましたか?

ところで804年の5月10日は
最澄と空海が遣唐使として
唐に入った日なんだそうですね
今から1215年も前の話です

空海と言えば弘法大師として
書の大家として
嵯峨天皇・橘逸勢と共に
三筆のひとりに数えられています

そんな凄い人である弘法大師ですら
その書について失敗することがある
その道に長じた人でも時には
失敗をすることがあるというたとえ
で使われる言葉が

弘法も筆の誤り

同じような例えはいくつかあります

猿も木から落ちる
河童の川流れ

人は誰しも失敗はあります
しかし大事なことはそれを失敗で
終わらせるのか次に生かすための
教訓とするのかということ

因みに空海は何を誤ったかと言うと
天皇の命を受けて書いた京都の
応天門の額の文字を書いたところ
「応」の字にある「心」の点を
一つ書き忘れてしまったんだとか

間違いに気付いた弘法大師は
門に飾られた額めがけて筆を投げつけ
点を付け足し文字を完成させたということ

この話は『今昔物語』におさめられている
話だそうなんですがその後の
後日談は特に資料には無いようですが
おそらく弘法大師は筆を誤ったあとに
きちんとした検証と改善を行ったはず

だからこそ、そうしたミスの後も
ずっと弘法大師であり続けたんだと思います
ミスはミス自体はミスでしかないが
それを生かすかどうかで
その後が大きく変わっていく
当たり前ですが今一度心得て行きましょう

さあ、あなたはどんな改善してますか?