
おはようございます
週の真ん中水曜日の朝です
昨日はほぼ一日中事務所で作業
申請書類の作成と資料整理など
午後からは来客4件あり対応打合せ
オンライン申請で1件申請
今回は昨年に引き続きかなり
マニアックな話題
今から192年前の1834年3月18日は
江藤新平が生まれた日
明治新政府の初代司法卿を務めた人物であり
西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允らと比べると
やや地味な存在に映るかもしれません
しかしその実績は極めて大きく
初代文部大輔、初代司法卿、参議を歴任しながら
「三権分立」の必要性を強く訴え日本の
近代国家としての制度構築を主導しました
とりわけ司法分野では
司法権の統一、司法と行政の分離、裁判所の設置
さらには検事・弁護士制度の導入などに尽力し
日本近代司法制度の礎を築き上げました
その功績から「日本司法制度の父」とも
称されています
また学制や警察制度の整備にも関わり
「四民平等」の理念を社会に浸透させるなど
近代国家としての基本的な枠組み作りにも
大きく貢献しました
さらに民法会議を主宰し民法典編纂事業を推進
日本最初期の民法草案官僚としてその卓越した
見識で法整備をリードした点も見逃せません
しかし
その歩みは順風満帆ではありませんでした
明治六年の政変によって下野しその後は
佐賀の乱の中心人物として挙兵
最終的には処刑されるというあまりにも
悲劇的な最期を迎えます
辞世の句とされる
「唯(ただ)皇天后土のわが心知るあるのみ」
には自らの信念を貫いた覚悟がにじみ出ています
江藤新平は、ぜひ大河ドラマで
じっくり描いてほしい人物の一人です
これまでも大久保利通との対比の中で
断片的に描かれることはありましたがその
全体像は十分に掘り下げられているとは言えません
外遊経験もなく幕末の動乱期には
藩内で蟄居していた人物が
なぜあれほどの見識を持ち
新政府の制度設計を主導するに至ったのか――
その背景には、まだ広く知られていない
物語があるはずです
近代日本の礎を築きながらも
歴史の陰に埋もれがちなその生涯は
現代にも通じる多くの示唆を
与えてくれるのではないでしょうか
という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!
「唯(ただ)皇天后土のわが心知るあるのみ」へのコメント
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