
おはようございます
3連休の最終日の月曜日の朝です
昨日は一日中事務所で作業
午前中に来客2件あり対応打合せ
午後からも来客2件あり対応打合せ
あとはひたすら申請書類の作成
で、月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第2回
故郷に戻った小一郎は、直の縁談を知る。
自分の本心を隠して喜ぶ小一郎に寂しげな直
一方清須では尾張統一を目指す信長が
岩倉城攻めを決行するが清須での居残りを
命じられた藤吉郎は、お市から呼び出しを受ける
今回のドラマに関してはこちらへ
→大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイト
大河ドラマで描かれてきた兄弟には
家督争いの末に兄が弟を排除抹殺した
という事例が多く見られてきました
源頼朝は平家討伐で名声を得た弟源義経を
危険視し朝廷に働きかけて追討命令を出しました
義経は各地を逃れた末に奥州平泉で
自害に追い込まれて最後を遂げましたいます
織田信長は母の寵愛を受け家督を狙った
弟信行(信勝)と対立して一度は許したものの
再謀反を起こしたことを理由に謀殺しました
足利尊氏は将軍権力を巡って弟直義と対立し
最終的に直義は幽閉後に急死しますが
毒殺説が有力とされていて大河ドラマでも
毒殺した姿がえがかれました
伊達政宗は父の死後に後継問題で
争いとなった異母弟小次郎を粛清しました
徳川家光は弟の駿河大納言忠長を
家臣手討ちなどの行為を看過できず
甲府への蟄居を命じましたが最後は
自害に追い込みました
家督争いではありませんが明治維新では
新政府に反旗を翻した薩摩西郷軍に対し
新政府の陸軍幹部には弟西郷従道がおり
兄弟が敵味方に分かれて戦うことになりました
逆に豊臣兄弟と同じく戦国時代にあって
弟が兄の重要なブレーンとして最後まで
尽力したという事例を思い出すと
武田信玄に対し弟武田信繁は大河『武田信玄』で
軍事外交両面で補佐役を務め諫言も辞さぬ
名参謀として支えましたが川中島合戦で討死
島津義久に対し弟島津義弘は名将として
兄義久を軍事面で支え関ヶ原後も島津家存続に
尽力したと言われています
兄弟が側近又はブレーンとして最後まで
支えたというか事例は有名な例としては
あまり多くはないかなぁという印象かも
ざっと挙げてみても兄弟は争うという事例が
残念ながら歴史には多いということのようです
歴史ドラマの例外ケースである今回の
豊臣兄弟ですが今後どんな兄弟像が描かれるのか?
次回、豊臣兄弟の最大のライバル・徳川家康が
ついに初登場!!
第3回「決戦前夜」
という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!
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