【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第7回‎

 

おはようございます
3連休の3日目の月曜日の朝です

昨日は朝から事務所で作業
午前中には来客1件あり対応打合せ
午後には1件クライアント先にて諸調査
戻ってからはずっと事務所で作業
夕方から立て続けに来客3組対応打合せ

で、月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第7回

藤吉郎は晴れて寧々と夫婦に
だが祝言の日に直が中村に帰ると言いだす
美濃攻めに乗り出した信長に対し
藤吉郎は要衝墨俣の攻略を買って出る
小一郎は攻略の秘策を思いつくが実現には
美濃の国境を仕切る川並衆の協力が必要
2人は川並衆の棟梁蜂須賀正勝とよしみの
ある織田家臣前野長康に仲介を頼むが、、

今回と次回は秀吉の出世の大きな
一歩となるあの墨俣一夜城のくだり

墨俣一夜城」は場所は今の岐阜県大垣市で
主君織田信長の命を受け、わずか一夜で
城を築いたという逸話は必ず描かれる話で
秀吉の才覚と行動力を象徴する
エピソードとして語り継がれてきました

しかし近年この「一夜城」伝説についても
実はその実在を疑問視する声もあるようです
確実な同時代史料が見つかっていないことから
現時点では史実とは断定できない
という見解が有力だとも言われています

では実際に墨俣に城は存在したのか
あるとすれば誰がいつ築いたのか――
歴史マニアの考察対象としては
大変に興味深いテーマです

墨俣は現在の岐阜県大垣市墨俣町にあたり
長良川木曽川揖斐川が流れる水運の要衝でした

尾張国と美濃国の境に位置し軍事及び交通の
両面で重要な場所だったと考えられます
この地名の由来は川の支流が入り組み「洲の股」の
ような地形であったことに因んでとされています

墨俣一夜城の物語が広まったのは実は
江戸時代に入ってからと言われていて
講談や軍記物に語られるようになり
秀吉の出世譚として脚色されていきました

その原拠の一つとされるのが愛知県江南市の
旧家に伝わる「前野家文書」と言われる文書

ただしこの文書も江戸時代中期に作られたもの
とみられていて記述の真偽については
慎重な検討が必要とされているんだとか

現在、墨俣の地には「墨俣一夜城址公園
という公園が整備されているようですが
その園内には豊臣秀吉の銅像が建っていて
馬印であるひょうたん型のオブジェが点在
出世物語の世界観を感じさせているそうです

また、大垣城の天守を模した歴史資料館では
前野家文書に基づく築城の経緯や秀吉の生涯を
映像や展示で紹介しているんだとか

また公園近くを流れる犀川には「太閤出世橋」
と名づけられた橋が架けられていて
まさに出世物語の舞台へと足を踏み入れる
ことができるような空間が用意されています

史実か伝説かという議論を踏まえながらも
壮大な歴史ロマンに思いをはせる――それが
墨俣一夜城の大きな魅力なのかもしれません

次回は墨俣一夜城のくだりの続き
第8回「墨俣一夜城」

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

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