【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第23回!

おはようございます
今日から6月も3回転目の月曜日の朝です

昨日は一日事務所で申請書類の作成
午後に来客1件あり対応打合せ
オンライン申請で1件申請

で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第23回

荒木村重が謀反を起こしたことで
独断で村重の説得に向かった官兵衛は
逆に捕らわれの身となってしまう
官兵衛が裏切ったという噂(うわさ)が流れる中
秀吉らは信長から長浜で寧々が預かっている
官兵衛の子を始末しろという命令が下された
半兵衛はためらう秀吉らにある提案をするが、、

今回のストーリーはこちら
大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト

劇中では竹中半兵衛黒田官兵衛という
二人の軍略家が大きな見どころとなっています
この二人の関係を語る上で欠かせないのが
有岡城事件で起きた
官兵衛幽閉」と「松寿丸救出
のエピソードだとも言われています

1578年(天正6年)
荒木村重織田信長に反旗を翻しました

村重と旧知の仲だった黒田官兵衛
説得のため有岡城へ向かいますが説得は失敗し
逆に城内へ幽閉されてしまいます

官兵衛は約1年にわたって劣悪な環境に
閉じ込められ救出された時には別人の
ようにやつれていたと伝えられています

官兵衛の消息が途絶えたことで信長
「官兵衛も村重側に寝返ったのではないか」
との疑念から人質として預けられていた
嫡男松寿丸に処刑命令が下されました

まだ幼い子どもにまで処刑命令が下される
ここで歴史に名を残す行動を取ったのが
軍師の竹中半兵衛であったといわれています

半兵衛官兵衛の人物をよく知っており
「あの男が簡単に裏切るはずがない」
と信じていたといわれます

そして信長の命令に従ったように見せながら
密かに松寿丸を匿いました
発覚すれば自身の命や家の存続にも関わる
危険な行為でしたがそれでも半兵衛
幼い命を守ることを選びました

もっとも近年では半兵衛単独の判断ではなく
秀吉もある程度は承知していたのではないか
という見方もあるようです

黒田家が播磨攻略に不可欠だったことを考えると
松寿丸を生かしておく方が得策だったという解釈

やがて有岡城が落城すると官兵衛は本当に
裏切っていなかったことが判明します
松寿丸の命も救われましたが
しかし半兵衛自身はその直後の1579年に
36歳という若さで病没してしまいます

後に松寿丸黒田長政として成長し
関ヶ原の戦いで徳川方の主力武将として活躍
そして竹中家に対して深い恩義を
忘れなかったと伝えられています

劇中では次回以降で有岡城事件について
本格的に描かれるとみられています
若き官兵衛の試練、半兵衛の決断
そして松寿丸救出のドラマは戦国史の中でも
屈指の人間ドラマと言えるでしょう

単なる軍略や合戦だけでなく
「人を信じるとは何か」
を問いかけた物語としても
注目したいところです

次回有岡城事件はまさかの、、、
第24回「軍師官兵衛!」

という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!

 

「【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第23回!」へのコメント

コメントはありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください