
おはようございます
8月も終盤を迎えた月曜日の朝です
昨日は一日中事務所で作業
ひたすら申請書類の作成
オンライン申請で2件申請
で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第32回
織田信雄を味方につけた羽柴秀吉陣営は
織田信孝との戦に圧勝すると三法師を奪還
柴田勝家が雪解けを待ちつつ秀吉との
戦の準備を進める中で秀吉は前田利家を訪ねる
春が訪れると羽柴柴田両軍は賤ヶ岳で対峙した
信孝が再び挙兵したという知らせが来ると
秀吉は小一郎に後を任せ岐阜へ向かう
今回のストーリーはこちら
→大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト
今回の大河ドラマの主人公は豊臣秀長という
こともあり秀吉が中心だとあまり脚光を浴びない
秀長を支える家臣たちも実は登場します
その一人が桑山重晴
賤ヶ岳の戦いを境に秀長の家臣となり
やがて筆頭家老として秀長を支える人物
実際の重晴も秀長の配下として重要な役割を担う
重晴は1524年生まれとされていて
もともとは丹羽長秀の与力だったといわれています
その後、秀吉に仕え、1582年頃に
秀吉の弟・秀長の配下に移ったそうです
そして重晴の人生を大きく変えたのが
1583年の「賤ヶ岳の戦い」
この戦いでは重晴は賤ヶ岳砦を守っていました
しかし柴田勝家方の佐久間盛政が攻撃してくると
すぐに決戦するのではなくその場にとどまり
夜が明けると砦を放棄して山を下りました
一見すると「逃げた」ようにも見えます
ところが結果的には重晴が砦に踏みとどまった
ことで時間が稼がれ秀吉軍の反撃につながった
とされていて、その後丹羽長秀隊に合流して
反撃にも参加しました
ここが面白いところで賤ヶ岳の戦いといえば
加藤清正
福島正則
片桐且元
脇坂安治
平野長泰
糟屋武則
加藤嘉明
の「賤ヶ岳の七本槍」が有名で戦いで活躍した
この7人は出世をして豊臣政権では重要な
存在となっていきますがところが重晴は
その七本槍には入っていません
それでも戦後その働きが評価され秀長からは
但馬竹田城を与えられ城主となります
さらに1585年の紀州征伐でも功績を挙げ
秀長の大和転封に伴って和歌山城主となり
加増を重ねていきます
そして1595年には豊臣秀長の死後
秀吉の直臣となり伏見城の守備を任されるなど
ついには4万石にまで領地を増やしていきます
桑山重晴は、「七本槍」として
華々しく名前を残した武将ではありません
むしろ戦場で生き残り
その後も着実に仕事を積み重ねることで
出世していった人物
秀長「桑山殿の得意なモノは?」
桑山「死なぬことですな、まだ生き延びております」
というやり取りも今後の桑山重晴の生涯を
見据えた伏線でもあるのかも知れません
重晴は武勇だけの武将ではありませんでした
千利休から茶道を学んだ茶人でもあり
戦国武将でありながら文化人としての顔も
持っていたようです
今後の劇中でどの程度描かれるかわかりませんが
秀長をさらに支える家臣として桑山重晴を見ると
戦国時代の「組織を支える人間」の姿が見えて
くるのかも知れません
目立つ英雄だけが
歴史を動かしたわけではない
時には逃げ、時には耐え、与えられた場所で
役割を果たし、その積み重ねによって
最後には大名にまで上り詰めた桑山重晴
「七本槍」という華々しい肩書の陰に
こんな“持っている男”がいたことを知りながら
「豊臣兄弟!」を見るとまた違った面白さが
見えてくるのかも知れません
次回、秀吉勝家の戦いのクライマックス
第33回「北庄城の別れ」
という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!
「【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第32回!」へのコメント
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