この桜吹雪が目に入らねぇか〜

 

おはようございます
9月最後の日曜日の朝です

昨日は一日中事務所で作業
ひたすら申請書類の作成
オンライン申請で4件申請
夕方には地元にて集まりに参加

さて今から233年前の1793年9月27日は
江戸時代に江戸町奉行や大目付として
活躍した遠山景元が生まれた日だそうです

遠山景元とはテレビ時代劇でお馴染みの
「遠山金四郎」つまり「遠山の金さん」の
モデルとなった人物として知られています

父は長崎奉行を務めた遠山景晋
母は榊原忠寛の娘という家柄に生まれた景元は
のちに江戸城に出仕

将軍徳川家慶の世話係などを務めたあと
西丸小納戸頭取、小普請奉行、作事奉行
勘定奉行などを歴任し1840年には
北町奉行に就任します

こうして見るとまさに順調に
出世を重ねたエリート官僚という感じですが
実は若い頃には家を出て町屋で放蕩生活を
送っていた時期もあったとされこの頃に
若気の至りで彫物をしていたとも伝えられています

この「若い頃はちょっとヤンチャだった」という
話も後世の「遠山の金さん」というキャラクター
にはなんとなく似合っていますよね(笑)

そんな景元が町奉行を務めた時代は
老中水野忠邦による天保の改革の真っ最中
倹約や風紀の取り締まりが強化され
庶民の暮らしにも厳しい規制が及んでいました

ところが景元は町人の生活や利益を脅かすような
極端な政策の実施には反対したとされ水野忠邦や
目付の鳥居耀蔵らと対立したといわれています

こうした姿が後世に「庶民の味方・遠山金四郎」
というイメージにつながっていったのでしょう
もちろん実際の遠山景元がテレビのように
お白洲で片肌を脱いで

「この桜吹雪が目に入らねぇか!」

と啖呵を切ったわけではありません
そもそもあの有名な桜吹雪の刺青を見せて
悪人を懲らしめる場面自体、後世の創作です

それでも「遠山の金さん」という物語が
長く愛されてきたのは単なる勧善懲悪の痛快さ
だけではないのかもしれません

権力を持つ側ではなく弱い立場にいる
庶民の側に立ってくれる人がいてほしい
理不尽なことがあったときに
「それはおかしい」と声を上げて
くれる人がいてほしい

そんな庶民の願いが遠山景元という実在の人物に
重ねられいつしか「遠山の金さん」という
ヒーローを生み出したのかもしれません

時代が江戸から令和に変わっても
世の中を見渡せばなんとなくスッキリしない
ニュースが流れてくることがあります
そんなとき

「遠山の金さんがいたら、どうするんだろうなぁ」

なんて思ってしまうのは
私だけではないのかもしれません(笑)
悪を懲らしめるヒーローを待つだけではなく
自分自身も誰かにとっての「ちょっと頼れる人」に
なれたらいいなぁ

そんなことを桜吹雪の金さんを思い出しながら
考えた9月27日でした

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

 

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