本能寺の変は誰が黒幕であったのか?⑥

おはようございます
外出行動自粛の週末2日目

昨日は一日中事務所の中に引きこもり
ずっとPCの入力作業でふと気が付いたら
えっまじ?という時間になってた
新型コロナウィルスの感染者拡大も治まらず
まだまだ出口は見えて来ない感じですが
とにかくやれることを淡々とやるだけです

ということでこんな世の情勢にもかかわらず
多くの方にとってどうでもいい話題(笑)

大河ドラマ「麒麟がくる」
勝手にタイアップ企画
本能寺の変の黒幕は誰なのか?の続き

徳川家康は最終的に天下統一を果たし
270年の徳川幕府を創ることとなりますが
明治維新から現在までまだ150年であると
考えると徳川時代がいかに長期政権であったか

家康自身のカリスマ的能力もありますが
それと同じくらい凄かったのは
家康を支える家臣団とブレーンの能力も
おそらく抜きんでていたのは間違いない

徳川家臣団といえばまず頭に浮かぶのが
酒井忠次・本多忠勝・榊原康政・井伊直政
徳川4天王ですが、その他にも
本多正純、金地院崇伝、南光坊天海などが
家康ブレーン軍団の面々として知られています

中でも南光坊天海は徳川家康、秀忠、家光の
三代の将軍にわたって信頼されていて
黒衣の宰相(こくいのさいしょう)」とまで
呼ばれ常に顧問的な存在として将軍の精神的な
アドバイスをしていたといわれています

しかしこの天海はその出生や経歴について
ほとんど明らかになっていないそうです

そう、つまり実は明智光秀こそが
実は山崎の合戦ののちも生きていて
南光坊天海となったという仮説が成り立つ

実はこの仮説は少数派ではありますが
しかし天海=光秀とすることで
いくつか辻褄の合う話もあって
本能寺の変は実は家康は事前に知っていた
もしくはその実行な大きな役割を果たしていた
それが家康黒幕説ということなんですが

今まで何回かに分けて触れてきた内容について
次回は整理してまとめて行きたいと思います

今日は悪天候の朝ですが皆さま
お気をつけてお過ごし下さいね

さあ、あなたどんな自粛の日曜日を過ごしますか?