おはようございます
7月も最後の日曜日の朝です
昨日は朝一からずっと事務所で作業
午後には来客2件あり対応
さて今から130年前の1894年7月28日は
日本の推理小説家の草分け的存在である
江戸川乱歩の命日だそうです
江戸川乱歩というのはペンネームで
そのペンネームはアメリカの作家である
エドガー・アラン・ポーの名前から
つけたというのは有名な話しです
江戸川乱歩作品といえば
怪人二十面相や少年探偵団が有名で
私も学校の図書館にあったこのシリーズを
読み始めたのが小説に触れたきっかけでした
江戸川乱歩は1923年29歳のときに
「二銭銅貨」という作品で作家デビュー
1925年の31歳のときに「D坂の殺人事件」で
初めて名探偵・明智小五郎が登場しました
1936年42歳のときに初の少年物の小説
「怪人二十面相」が雑誌「少年倶楽部」連載開始。
その後も「少年探偵団」発表されました
まぁ今では江戸川乱歩よりも
江戸川コナンの方が有名かもしれませんが(^^)
ただ、江戸川乱歩はかなりの人間嫌いで
かなり変わった世界観を持った人物であった
ともいわれているようですね
以下は江戸川乱歩の言葉です
———
拙いと自信している小説など書くよりは
どんな不自由をしても、進んで月給取りに
転業すべきであったのだろう、ところが
この月給取りが又、私はひどく性に合わないのである
—
孤独に徹する勇気もなく、犯罪者にもなれず
自殺するほどの強い情熱もなく
結局偽善的に世間と交わって行くほかはなかった
—
それまで書いた部分を読み返して見ると
われながら少しも面白く感じられないので
私の癖の熱病のような劣等感におそわれ、
どうしても書きつづけられなくなって
しまったのである
—
結局、妥協したのである
もともと生きるとは妥協することである
—
人生とは人のために生きるから人生なのだ
—
学校は地獄であった
そのために、私は社会生活を嫌悪し
独りぼっちで物を考える癖が
ますます嵩じて行った
—
君は、現実というものが
それ程ロマンチックだと信じているのかい
—
現世(うつしよ)は夢 夜の夢こそまこと
—
結局、妥協したのである
もともと生きるとは妥協することである
————
いくつか残された言葉を拾ってみましたが
中々かなり個性の強かった人物であったようです
だからこそ、あれだけ歴史に残る作品を
数多く創作出来たのかもしれませんね
最近は明智小五郎シリーズのドラマも
ほとんど見なくなりましたが
また時間があったら読み返してみようかなぁ
という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!
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