【考察】大河ドラマ「べらぼう」第29回!‎

 

おはようございます
8月最初の月曜日の朝です

昨日は一日中事務所で作業
夕方には来客1件対応打合せ

で、月曜日というけとで
大河ドラマ「べらぼう」第29回

重三郎は“手拭いの男”の絵を使った黄表紙を作りたいと
戯作者や絵師たちに提案しアイデアを募る
そこに鶴屋が現れ大当たりを出すことを条件に
山東京伝先生を貸すと申し出る
一方江戸城では意次は入手れた松前家の
裏の勘定帳によって蝦夷地で松前家が公儀に
秘密裏で財を蓄えていた証拠を掴んではいたが・・・・・

ドラマのあらすじに関してはこちらへ
大河ドラマべらぼう公式サイト

天明4年(1784年)3月24日、夕刻になり意知
執務時間が終わり御用部屋を出て下城しようと
江戸城内の廊下を歩いていたところ中ノ間から
桔梗の間へ向かう時に待ち伏せていた佐野政言
覚えがあろう!」と3度叫び意知を斬りつけました

意知は脇差を抜いて応戦しましたが防ぎきれず
肩などを斬られ近くの桔梗の間に逃げ込んだそうです

これが前々回のラストから前回の冒頭でのシーン
意知は刃傷事件から8日後の4月2日に死亡
翌日4月3日に政言は切腹し佐野家は改易となりました

改易とは武士に対して所領や家禄屋敷を没収し
士籍から除くという武士にとってかなり重い処分

政言がこのような行為に及んだ動機については
劇中では一橋治済による画策により政言
踊らされて殺意を形成したという流れでしたが
この動機にはいくつか説があるようで

徳川実記」によれば政言の狂乱・乱心が
刃傷に及んだ理由とされているようです

また政言は「七箇条の口上書(果たし状)」という
書付を懐中に持っていたということから
乱心説は当たらないという見解もあるようです
しかし正確な所この事件の真相は謎のままのようです

いずれにせよここから田沼意次の権力は衰えて
ゆくことになりさらに田沼意次の後ろ盾であった
将軍家治の死によって次の松平定信
とって代わられることになりますが
さてそのあたりはどのように描かれるのか

次回、定信は治済から公儀の政に
参画しないかと誘われる、第30回「人まね歌麿」

という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!

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