【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第34回

おはようございます
9月最初の月曜日の朝です

昨日は一日中事務所で作業
ひたすら申請書類の作成
午後から来客2件あり対応打合せ

で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第34回

賤ヶ岳の戦いを制し自ら政治を動かす地位に
ついた羽柴秀吉はその権威の象徴として
絢爛豪華な大坂城を築城した
諸国の有力大名が挨拶に訪れる中で
徳川家康だけは関東平定を理由に姿を現さず
小一郎はその動向を危ぶんでいたが
その懸念どおり織田信雄が家康に接近し
秀吉を倒そうと持ち掛ける
その誘いを断る家康ではだったが
脳裏にはかつて今川家の人質だったころの苦境や
信長の命で妻子を処刑した苦渋の決断がよぎる

今回のストーリーはこちら
大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト

羽柴秀吉が天下獲りへの野心を露わにし
大阪城を築城するなど物語はいよいよ
大きく動き始めています

ここから小牧長久手の戦いを始め
徳川家康の存在が大きくなるのはご存知の通り

そんな中で今回は少し目立たないものの
秀吉と織田信雄そして徳川家康の対立を考える
うえなキーパーソンとなったひとりが
今回悲劇の重臣となった津川雄光でした

津川雄光はもともと
津川義冬(つがわ・よしふゆ)として知られた武将

尾張の守護大名斯波義統の次男として生まれ
父の死後織田信長の家臣となりました
その後織田信長から能力を認められ
信長の次男・織田信雄の家老となります

さらに信雄から「雄」の一字を与えられて
「雄光」と名乗るようになったとされています
信雄とは妻同士が姉妹という縁もあり
単なる主従関係を超えた近しい関係でもありました

津川雄光は武将としても実績があり
伊勢の北畠氏との戦いでは功績を挙げ、
本能寺の変後には信雄の重要拠点である
松ヶ島城を任されるなど信雄からは
厚い信頼を受けていました

ところがその人生を大きく変えてしまったのが
羽柴秀吉の台頭であったと言われています

本能寺の変によって織田信長が亡くなると
秀吉は急速に勢力を拡大
一方の信雄は、秀吉によって利用される立場から
次第に対立する立場へと変わっていきます

そして天正12年(1584年)
秀吉との対立を深めた信雄は秀吉と通じている
のではないかと疑った家老たちを粛清します
その中にいたのが津川雄光でした

津川雄光岡田重孝浅井長時の三家老は
秀吉との内通を疑われ信雄によって
命を奪われることになります

しかし実際に三人が信雄を裏切っていたのか
については疑問も残されています
秀吉が流した情報や噂を信雄が信じてしまった
結果だったとも考えられているのが通説とされ
そして、この事件こそが信雄と秀吉の
全面対決へとつながっていきます

信雄は徳川家康を頼り家康もまた秀吉の
勢力拡大を警戒していましたがそこから
こうして始まったのが小牧・長久手の戦い」

つまり津川雄光の最期は単なる
一人の家臣の悲劇というだけでなく
信長亡き後、織田家の内部で起きた疑心暗鬼と
秀吉の巧みな政治工作そして家康との対立へと
続く歴史の大きな転換点だったといえます

信じていた主君に疑われ
命を奪われてしまった津川雄光
その悲劇の背景には天下をめぐる男たちの思惑と
戦国という時代の厳しさが
凝縮されていたのかもしれません

次回は小牧長久手の苦戦に小一郎が動く
第35回「秀長誕生」

という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!

 

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