
おはようございます
週の真ん中水曜日の朝です
もうお盆休みのところも多いのかなぁ
昨日は所用対応のあと
事務所で申請書類作成など
今回は以前にも触れた話題(^^)
今から422年前の1604年8月12日は
徳川三代将軍徳川家光が生まれた日だそうです
家光が二代将軍秀忠から将軍職を譲られたのは
1623年でまだ19歳という若さでした
関ヶ原の戦いや大坂冬の陣・夏の陣を経て
徳川幕府の基盤はほぼ固まりつつあったとはいえ
19歳の若者が天下のトップに立つとなれば
周囲には不安もあったことでしょう
そこで登場するのが、あの有名な言葉です
家光は将軍就任にあたり、大名たちを前に
「祖父家康と父秀忠は、あなた方の協力によって将軍になった。
しかしわたしは生まれながらの将軍だ
文句があるなら国に帰って合戦の準備をしろ」
と言ったと伝えられています
この言葉に大名たちは震え上がった……という話
ですが、実はこの場面には
さらに続きがあったといわれています
家光の言葉に呼応したのが
外様大名の代表格だった伊達政宗
政宗は
「将軍家がご出陣されるまでもない
私が踏み潰して御覧に入れましょう」
と答えたと伝えられています
つまり、若き家光の威厳を示すための
ある種の演出だったという説もあるわけです
考えてみれば家光が将軍になったからといって
すべてが安泰だったわけではありません
むしろ、そこからが本当の勝負でした
家光は将軍就任後に幕府の職制を整え
老中
若年寄
奉行
大目付
などの仕組みを整備してさらに
武家諸法度を改訂して参勤交代を制度化
島原の乱を鎮圧
そして鎖国体制を完成
させるなど徳川幕藩体制を大きく固めていきました
その政治を支えたのが
松平信綱
堀田正盛
阿部正次
阿部重次
三浦正次
太田資宗
稲葉正勝
ら家光の側近たちです
「生まれながらの将軍」とは
確かに家光の立場を象徴する言葉でした
しかしここで大切なのは
「生まれながらにして与えられたもの」と
「自分自身で積み上げたもの」は
別だということです
地位は生まれや環境によって
与えられることがあります
会社の社長、管理職、親、地域のリーダー……
けれどその肩書きだけで
人がついてくるわけではありません
立場が上がれば上がるほど
必要になるのは権威ではなく責任
そして自分一人では何もできないことを知り
信頼できる人の力を借りることです
家光もまた、「生まれながらの将軍」だったから
偉かったのではありません
その地位にふさわしい仕事をし
周囲の人間を信頼し支えてくれる人たちと
ともに責任を果たしたからこそ
結果として「将軍」という地位を
確かなものにしていったのではないでしょうか
人生でも同じことが言えます。
「自分にはこんな立場がある」
「これだけの経験がある」
「これだけ長くやってきた」
そうしたものは確かに大切です
でも、それだけでは人はついてきません
最後に問われるのは
「その立場にふさわしい生き方をしているか?」
ということ
与えられた地位よりも
その地位で何をするか
持っている肩書きよりも周囲から
どれだけ信頼されているか
歳を重ねるほどこの違いは
大きくなっていくのかもしれません
「生まれながらの将軍」という言葉の
本当の意味は、もしかすると
「生まれながらに与えられた責任から逃げるな」
ということだったのかもしれません
という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!
「「生まれながらにしての将軍である〜」の続きにあった言葉とは?」へのコメント
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