世は生まれながらにしての、、、にあった続きの言葉とは?

おはようございます
週の最終日の金曜日の朝です
世間的には概ね明日から盆休みかなぁ

昨日は一日中事務所で作業
午前中には来客一件対応
あと昨日は地元鹿嶋市内では
海岸で花火大会がありました

さて今日はこの日恒例となった話題(^^)
今から418年前の1604年8月12日は
徳川3代将軍である家光が生まれた日

徳川家光が2代将軍秀忠から将軍の地位を
譲位されたのは1623年でまだ19歳でした

関ヶ原や大阪冬の陣夏の陣をへて
ほぼ徳川幕藩体制は確立していたとは言え
若干19歳の若者がトップに立つのは
まだまだ不安も大きかったのではと思います

そこで出たのがあの有名なセリフです
家光は将軍就任にあたり大名たちを前に

祖父(家康)と父(秀忠)は、あなた方の
 協力によって将軍になった
 しかし、わたしは生まれながらの将軍だ。
 文句があったら、国に帰って合戦の準備をしろ

この言葉に多くの大名は震えあがったと
言われていますが実はこのセリフには
続きがあるといわれています

家光のこのセリフに対して呼応したのが
外様大名の代表格である伊達政宗
政宗家光がこのセリフを述べると

将軍家がご出陣されるまでもない。
 私が踏み潰して御覧に入れましょう

と答えたといわれています
言って見ればちょっとした演出であった
という説もあったようで実は家光の体制は
まだまだ盤石であったとは言えませんでした

しかし家光は将軍就任後は数々の改革により
徳川幕藩体制を固めていきます

家光は身内の中に巣食う不安要素を除くと
幕府の職制(老中・若年寄・奉行・大目付)を定め
諸大名に参勤交代を義務付ける武家諸法度の改訂
島原の乱の鎮圧鎖国の完成などが有名ですが

それを支えたのが、俗に六人衆と呼ばれる側近
松平信綱、堀田正盛、阿部正秋、阿部重次
三浦正次、太田資宗、稲葉正勝など

生まれながらの将軍であった家光でしたが
将軍に生まれたことが偉かったのではなく
信頼できるリーダーでありリーダーとしての
責任ある行動をきちんととっていたからこそ
周囲がそれを支えて行って、結果として
その地位があったということなんですよね

おそらくそうした周囲の力の必要性を
一番に自覚していたのは家光自身だったのでしょう

先月参議院議員選挙が行われ一昨日は内閣改造
これから黄金の3年間と呼ばれる期間になる
予想外のアクシデントがあり日本の
権利構造はかなり変わったとき言われています

しかし国民主権の国である我が国は
最終的には私達のリーダーを選ぶのは
私達であるということになります

毎日のニュースでは今後か不安になる
話題が毎日のように流されていますが
きちんとした意識を持って日々の
行動をしていくしかないですね

ということで
今日も一日頑張って行きましょう!

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