【考察】大河ドラマ「鎌倉殿の13人」第41回!

 

おはようございます
新しい1週間の始まりの月曜日の朝です

昨日もずっと事務所で作業
午前中には来客4名で4案件分対応
午後からは来客2件あり対応
そのほかはひたすら申請書類作成
先週とおんなじような一日(笑)

で、昨日は日曜日だったので
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の第41回

反北条の旗頭となり決起した和田義盛
和田一族と対峙するる北条義時ら鎌倉方
三浦義村、八田知家ら有力御家人は鎌倉方に
そんな混乱の中、泰時は失意の中にありながらも
先陣を切り戦の前線に向けて動き出す

ドラマのあらすじに関してはこちらへ
鎌倉殿の13人公式サイト

今回「和田合戦」の後半のくだり

色々と印象的であったキャラの中でも
存在感をだしていた巴御前ですが
おそらく今回が最後のかな

巴御前については以前も触れましたが
当初は木曽義仲の妻として登場し義仲亡き後は
鎌倉にわたって和田義盛の妻となりました

巴御前についての記述は「源平盛衰記」という
軍記物語に記されているそうですが

この「源平盛衰記」よると和田合戦のあと
巴御前は越中国(今の富山県)へ移り住み出家
そこで夫や子の菩提を弔う日々をおくりながら
91歳で亡くなったとされているようです

しかし、巴御前について記されているのは
平家物語』および『源平盛衰記』のみと
されていて、その他の史料や『吾妻鏡』にも
実はその存在は確認されていないそうです

源平盛衰記』の話自体が実は創作の可能性が高い
と言われていて巴御前の存在自体が実は史実で
あったかどうかも分からないとの説もあるようです

さて政権運営に意欲を示し始めて実朝は
後鳥羽上皇との接触を図り始めました

山はさけ 海はあせなむ 世なりとも
君にふた心 わがあらめやも

という訳で
今日も一日がんばって行きましょう!

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