おはようございます
11月2回の土曜日の朝です
昨日は朝一から事務所で資料整理と
クライアント先にて打合せ
午後からも資料整理の続きと
クライアント先に訪問打合せ
夕方に事務所に戻り資料整理
さて今から148年前の1876年11月9日は
医師の野口英世博士が生まれた日だそうです
福島県耶麻郡三ッ和村字三城潟(現・猪苗代町)
に郵便配達人の父野口佐代助母シカの
長男として生まれ清作名付けられる
清作は1歳の時に囲炉裏に落ち
左手に大火傷を負いそのことから
いじめを受け続けていたものの
母から悔しかったら勉強で見返してやれ
と言われて努力を続け優秀な成績を収め
猪苗代高等小学校に入学する
左手の障害を嘆く清作の作文が
教師や同級生らの同情を誘い
清作の左手を治すための手術費用を
集める募金が行われ会津若松で開業していた
アメリカ帰りの医師渡部鼎の下で手術を受ける
その結果不自由ながらも左手の指が
使えるようになり清作はこの手術の成功に
感激したことがきっかけで医師を目指す
高等小学校を卒業して上京し
済生学舎(日本医科大学の前身)に通い
医術開業試験に合格して医師となり渡米
ペンシルベニア大学医学部の助手を経て
ロックフェラー医学研究所研究員となると
主に細菌学の研究に従事し黄熱病や梅毒の研究で
数々の論文を発表するも黄熱病の研究中に
自身も罹患し1928年5月21日に現在の
ガーナ共和国のアクラでその生涯を閉じます
私が幼少の頃は伝記と言えばまずは
野口英世氏であとは湯川秀樹氏が定番でした
以下は野口英世博士の言葉
——
一番肝心なのは諦めないということだ
どん底だからこそ這い上がるんだ
—
変えられるものが二つある、それは自分と未来だ
—
家が貧しくても、体が不自由でも
決して失望してはいけない
人の一生の幸も災いも、自分から作るもの
周りの人間も、周りの状況も
自分から作り出した影と知るべきである
—
自分のやりたいことを一所懸命にやり
それで人を助けることができれば幸せだ
—
正直であることが最高の手段だ
—
ナポレオンは、夜3時間しか眠らなかった
彼になしえられる努力が
自分になしえられぬはずがない
—
誰よりも三倍、四倍、五倍勉強する者、それが天才だ
—
モノマネから出発して
独創にまでのびていくのが
我々日本人のすぐれた性質であり
たくましい能力でもあるのです
——
生誕の地である福島県猪苗代町には
野口英世記念館があるそうです
→野口英世記念館HP
という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!
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