
おはようございます
はや7月も最後の月曜日の朝です
昨日は一日中事務所で作業
来客対応は午前に1件、午後に3件
あとはひたすら申請書類作成と資料整理
で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第29回
織田信孝から明智討伐の差配を任された秀吉は
焦らず敵を追い詰め明智光秀を生け捕りにすべき
と主張するが織田勢の足並みはそろわず
先走る高山右近らが敵陣に攻め入った
小一郎らは初陣の与一郎を残し援軍として参戦
与一郎は刺客から信孝を守って負傷してしまう
秀吉からどうしても光秀と話したい
と頼まれた小一郎は、、、
今回のストーリーはこちら
→大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト
前々回の本能寺の変の前回の中国大返し
に続いて今回の山崎の戦いでしたが
討ち取る前に秀吉と光秀が密かに会談し
巷で言われいる光秀の最期は秀吉の創作
であったという新説の展開でした
本能寺の変で織田信長を討った武将明智光秀は
わずか13日で天下への夢が潰えたことから
「三日天下」とも語られていますが
実は明智光秀のその生涯は
今なお多くの謎と魅力に包まれています
明智光秀は美濃国の出身とされ
前半生には不明な点が少なくありません
ドラマでも描かれた通り
足利義昭に仕えた後に織田信長の家臣となり
その知略と統率力を高く評価されました
丹波平定や坂本城主としての統治など
数々の功績を残し信長の重臣へと上り詰めます
しかし1582年6月2日に京都本能寺で
主君織田信長を討つという日本史最大の
クーデターともいえる「本能寺の変」を起こします
動機についてはこれまでに触れた通り
怨恨説、野望説、朝廷黒幕説など数多くありますが
現在でも決定的な結論は出ていません
そのため光秀は「なぜ裏切ったのか」という
問いを投げかけ続ける人物でもあります
今回の秀吉もその理由について
こだわり続けていたひとりとして描かれました
中国地方で毛利氏と対峙していたその羽柴秀吉は
本能寺の変を知ると毛利氏と急ぎ講和し
「中国大返し」と言われる驚異的な速さで
京都へ引き返し明智討伐に向かいます
そして山崎で両軍は激突しますが兵力でも
味方の数でも劣勢だった光秀軍は敗れ
坂本城を目指して落ち延びる途中に
小栗栖付近で落武者狩りによって
農民に襲われ命を落としたと
伝えられていますが前述の通り今回の
ドラマではこれは秀吉による創作とされました
しかし光秀の物語については実は遺体が
はっきり確認されなかったことから
「生き延びたのではないか」という数々の
伝説が生まれました
大河ドラマ「麒麟が来る」では微妙な作りでしたが
中でも有名なのが「天海=明智光秀説」
徳川家康・秀忠・家光の三代に仕えた
天台宗の高僧である南光坊天海は光秀という説出
日光の「明智平」や天海の墓所などを
根拠に語られているようにですが
しかし現在では史料的な裏付けは乏しく
歴史学では伝説創作の域を出ないという見方が
一般的であるようです
今回のドラマ内でもこの説に沿った創りは
全くされていませんでした
とはいえそのロマンあふれる物語は
今も多くの人を惹きつけています
歴史は勝者によって語られると言われます
しかし敗れ去った者にもそれぞれの
信念と人生がありました
明智光秀という人物を知ることは
本能寺の変だけでなく
戦国時代という激動の時代を
より深く理解することに
つながるのではないでしょうか
次回、信長亡き後の新しい国の形に動きだす
第30回「清須会議」ですが
来週の大河ドラマの放送は休止で放送は再来週
という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!
「【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第29回!」へのコメント
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