【考察】大河ドラマ「豊臣兄弟!」第30回!

 

おはようございます
8月も2回転目の月曜日の朝です

昨日は一日中事務所で作業
来客対応は午前に2件、午後に3件
あとはひたすら申請書類作成と資料整理

で月曜日ということで
大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第30回

天下人を目指す覚悟を固めた秀吉は
織田家の名代を決める評定に参加するため
小一郎を伴い清須城へ向かった
小一郎は重臣たちを訪ねながら探りを入れる
秀吉は憔悴する市に会い内々にあることを頼む
秀吉は評定の前夜に勝家ら重臣だけを呼び集め
織田家の人間抜きでの話し合いを申しでたが、、

今回のストーリーはこちら
大河ドラマ「豊臣兄弟」公式サイト

今回はあの「清洲会議」のくだり

本能寺の変で織田信長が討たれたのは
1582年6月2日のことでしたか

さらに以前触れた通り信長の嫡男織田信忠も
命を落とし天下統一目前だった織田家は
一夜にして大きな後継者問題を抱えることになる

そこで開かれたのが歴史上有名な「清洲会議

本能寺から数日後の6月27日に
現在の愛知県清須市にあった清洲城において
柴田勝家、羽柴秀吉、丹羽長秀、池田恒興ら
織田家の重臣が集まって信長亡き後の織田家の
体制や領地の再配分などについて話し合いました

この会議で大きな焦点となったのが
織田家の後継問題

信長の次男・信雄、三男・信孝がいるなか
秀吉が推したのが信忠の嫡男である幼い三法師

三法師を後継者として立てその後見補佐を
重臣たちが担う体制がつくられていきます

一見すると単なる「後継者を決める会議」
ということにみえますが
しかし、実際にはそれだけではありませんでした

誰を後継者にするのか
誰がその後見役になるのか
そして、誰にどれだけの領地を与えるのか

そこには織田家の「これからの権力構造」を
決めるという非常に大きな意味がありました

そしてこの清洲会議で存在感を大きく
増していった人物こそ羽柴秀吉でした

秀吉は本能寺の変を知ると
中国大返しによって急速に畿内へ戻り
山崎の戦いで明智光秀を破りました

信長の仇を討ったという大きな実績を持って
清洲会議に臨んだ秀吉はそこで三法師を擁立
次第に織田家の中で発言力を高めていきます

一方織田家の重臣として長年信長を支えてきた
柴田勝家との対立もここから深まっていきます

そして翌年その対立は賤ヶ岳の戦いへと発展
結果として秀吉が勝利し天下の主導権を
握る道を大きく開くことになるのはご存知の通り

大河ドラマ「豊臣兄弟!」では秀吉だけではなく
弟小一郎の役割も注目する必要があります

秀吉が前へ前へと進み時代の中心へと
駆け上がっていく一方でその背後には秀長や
多くの人々との関係や支えがあったのも事実

清洲会議という出来事を見ていると
歴史を動かすのは「一番偉い人」だけではない
ということに気づかされます
むしろ、大きな変化が起きた直後に

「誰が次の時代をつくるのか」

という問いにどのように向き合ったかが
その後の人生を大きく左右するのです

信長という絶対的な存在が消えた瞬間に
織田家の家臣たちはそれまでの秩序や序列に
しがみつくことができなくなりました

だからこそ秀吉は動いた
歴史を振り返ると人生にも似たところがあります

長年続いてきた仕事、役職、人間関係、環境
それらが突然変わることがあります

そのとき
「昔はこうだった」と過去に戻ろうとするのか

それとも
「では、これからどうするか」

と未来を見るのか
清洲会議は、まさに「時代の変わり目」に
人間がどう動くのかを示した
出来事だったのかもしれません

次回、秀吉に対する重臣たちの水面下の動きに対して、、、
第31回「これで、お別れにございます」

という訳で
今日も一日頑張って行きましょう!

 

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