多分もっと他にあるんでしょうけどあえてマニアックな話題に

おはようございます

昨日は朝一で近隣の市役所で証明書の取得
続いて入管関係で新規の相談者の来所対応
午後からは水戸入管へ最近結構遭遇している
出生による在留資格の取得申請
続いて経営事項審査の打ち合わせへ
事務所へ戻ってから資料の作成など
昨日も何かと慌しい一日でした

さて今日はあえてマニアックな話題です

今から1144年前の876年12月18日は
当時の清和天皇が譲位し貞明親王が践祚して
第57代天皇陽成天皇となり即位した日

清和天皇といえば、いわゆる清和源氏の祖で
日本の歴史には計り知れない影響を与えました

源氏には祖とする天皇別に21の流れがあって
清和源氏はそのうちの一つで清和天皇の流れの氏族

清和天皇の4人の皇子及び12人の孫にあたる王が
臣籍降下して源氏を称したとされているようですが
中でも第六皇子貞純親王の子の経基王が
源経基を名乗りその子孫が著しく繁栄し
源氏の嫡流と言われるようになったようです

経基の子孫の一部がのちに河内源氏と呼ばれて
東国の武士団を支配下に置き源頼朝の代になり
武門の棟梁として鎌倉幕府を開き武家政権を確立
さらにその嫡流が後に足利将軍家として
室町幕府を主宰するようにもなりました

この辺になると歴史の教科書や大河ドラマでも
よく出てくる話でもありますが清和源氏について
この辺の流れについては実は諸説あるようですが
これ以上深入りするとドツボに嵌りそうなので
とりあえずここまでにしておきます(笑)

また513年前の1507年12月18日は当時の周防国
今の山口県の戦国大名であった大内義隆が生誕
大内家は当時中国地方の大半を支配するほどの
名門の大名でしたが先代の大内義興の死後に
家督を継いだ嫡男の大内義隆はどちらかと言えば
学問や文化を好む文治派であったことから
そうした路線に対し不満を抱いた重臣の
陶晴賢の謀反により自害に追い込まれました

それからすぐに毛利元就の調略により
大内家は滅亡するに至りましたが
この辺は大河ドラマ「毛利元就」
詳しく描かれていたところでした

こういう話題に触れていると
思わず時間を忘れてしまいそうなので
この辺で止めておこうと思います(笑)

ということで
今日も一日頑張っていきましょう!

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