弘法大師ですら筆を誤ることもある

 

おはようございます
週の2日目の火曜日の朝です

東京オリンピックは毎日のように
日本人選手のメダル獲得のニュースで
全くリアルで見ていないのですが
盛り上がりをとても感じます
選手のみなさんにはとにかく
ベストを尽くしてもらいたいです

また昨日は甲子園常連校に勝って
県予選地元校が甲子園出場のニュース
晴れの舞台に向かって悔いのない
のびのびとしたプレーをして欲しいです

昨日はほぼ一日事務所にて作業
午前中には来客一件対応
午後からはクライアント先一件訪問

さて今から1247年前の7月27日は
真言宗伝承によると弘法大師(だいし)
この世に誕生した日なんだそうですね
言わずと知れた真言宗の開祖、空海です

弘法大師と言えば真っ先に浮かぶのが
「弘法も筆の誤り」という言葉
達筆で知られる弘法大師ですら
書き損なうことがあるのだという教え

どんな達人でもミスはある
しかしそのミスは最小限に抑えられる
だからこそ達人と呼ばれるということ

弘法大師は次のような言葉を残しています

「心暗きときは即ち遇(あ)うところことごとく禍(わざわい)なり」

心暗きとは、心が病んでいていることで
そんな時は災いばかりに遭遇すると言う意味
自分で不運を引き寄せているので
心をポジティブにしようと促している
こんな時代からポジティブシンキングを
空海は語っていたんですね

「毒箭(どくぜん)を抜かずして空しく来処を問う」

毒矢が体に刺さっているときに
誰がやったのか犯人探しをしている間に
毒が体中に回って死に至ると言う意味で
あれこれ原因を考えているよりも
前に進めと促している言葉

「荒廃は必ずその人による人の昇沈は必ずその道の学び方にある」

壊れゆくものはすべて人の手によるが
人の苦楽には学びがあるとの教え

空海のこうした言葉から感じるのは
案外といつの時代も人は同じことを
考えて生きていたのかなぁということ
いつも、悩み、苦しみ、そしてその
答えを出そうと模索している
なんとなくそんな気がしてきます

まぁ、だからこそ一世紀以上も前の言葉が
今も尚私達の心に響くんですよね
空海のようにとまでは行かなくとも
生きている証しとして何かを未来に
残して行けるようでありたいですよね

そのためにもまずは日々生きることです
今日はどんな一日になるのでしょうか

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

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