【考察】大河ドラマ「青天を衝け」第35話

おはようございます
また新しい一週間の始まりの月曜日の朝です
昨日は一日事務所で缶詰状態の一日の予定が
午前中に事務所に来客対応と契約の立ち合い
クライアントからの急な連絡で
近県へ向かい資料の預かり急ぎ事務所へ
夕方になり事務所に戻り英文翻訳作業と
提出書類の作成と郵送と別件の資料作成など

日曜日ということで大河ドラマ「青天を衝け」第35話

アメリカ前大統領グラントの来日に向けて
栄一、喜作、大倉喜八郎、福地源一郎は
民間人を代表して接待することになる
千代やよしらの協力を得て西洋式のマナーを習得
千代らは大隈綾子、井上武子らとの交流を図る

ドラマのあらすじに関してはこちらへ→青天を衝け公式サイト

栄一とともに接待の任に当たった大倉喜八郎
後に貿易、建設、化学、製鉄、食品などの企業を
数多く興し明治大正期の実業家として名を残しました

1837年越後国蒲原郡新発田町(現新潟県新発田市)に
喜八郎は大倉家の三男として生まれたそうです
大倉家は元は農家でしたが曾祖父の時代に
商家へと転じ祖父の代で薬種・砂糖・錦・塩などで
大きな利益を得てそこから質店を営み始めたそうです

喜八郎は青年期に江戸で修行を積むこととなりますが
その丁稚時代に安田善次郎と親交を持つようになります
その後1857年に奉公中に貯めた100両を元手に独立
乾物店大倉屋開業、1867年には鉄砲店大倉屋を開業

明治維新期になると有栖川宮熾仁親王御用達となり
奥州征討軍、台湾出兵の征討都督府陸軍用達
西南戦争で征討軍御用達、日清戦争では陸軍御用達
日露戦争の際は軍御用達とご用達商人として事業拡大

渋沢栄一とは力を合わせて東京商法会議所等の設立
その後も大倉土木組(現・大成建設)の設立
鹿鳴館、帝国ホテル、帝国劇場などを設立
その他現在も残る多くの企業の設立に関与しました

こうした経歴を見る限りその功績は
大河ドラマの主人公をやれる位かもしれません
ドラマで出てくる大倉喜八郎はどちらかというと
スマートな感じですがこうした功績を見るかぎり
実際はもっと岩崎弥太郎に近いイメージかもなぁ

という訳で
今日も一日がんばって行きましょう!

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