
おはようございます
週の真ん中水曜日の朝です
昨日は朝一で東京品川の東京入管へ
在留資格変更許可申請を1件
続いて千葉地方法務局にて証明書の取得
午後からは千葉県内某市内にて
官公庁を3件廻って証明書の取得など
夕方になり事務所に戻り資料作成など
さて今から198年前の1828年2月25日
(旧暦文政11年1月11日)は山本覚馬が生まれた日
山本覚馬は幕末から明治初期にかけて活躍した
砲術家・政治家でNHK大河ドラマ「八重の桜」
では主人公・八重の兄として描かれました
激動の時代にあって不屈の精神で「新しい日本」
を構想した人物であり、その生涯はまさに
“知のサムライ”と呼ぶにふさわしいものです
会津藩士として生まれ砲術師範として
頭角を現した覚馬は禁門の変などで活躍
しかし鳥羽・伏見の戦いで薩摩藩に捕らえられ
囚われの身となります
ですが彼は失意に沈むことなく獄中で
日本の未来を見据えた建白書『管見』を執筆
政治・経済・教育、さらには女子教育の必要性
にまで言及したその内容は明治新政府を
驚かせるほど先進的なものでした
覚馬を語るうえで欠かせないのが
彼が直面した身体的困難です
持病の悪化と戦傷により両目の視力と
自由な歩行能力をほぼ失いました
それでも
彼は絶望せず、「心の眼」で未来を見続けます
岩倉具視、西郷隆盛にその能力を見出され
のちに京都府顧問に抜擢されると
日本初の博覧会開催や琵琶湖疏水建設の提言など
に尽力し衰退しかけていた京都の近代化を後押し
さらに特筆すべきは同志社大学創設への貢献です
キリスト教徒の新島襄と出会い
「良心」を重んじる教育理念に共鳴
自らの旧薩摩藩邸の土地を学校用地として
提供し物心両面で支援しました
妹・八重が新島と結婚したことも
広く知られていますが覚馬自身もまた
慣習に縛られない自由で知的な精神の持ち主でした
山本覚馬の人生から感じるのは
「置かれた場所で最善を尽くす」という
強い意志です
会津藩士としての誇りを胸に抱きながらも
過去の怨念にとらわれず
国全体の未来のために知恵を絞り続けた姿
その姿勢は変化の激しい現代を生きる
私たちに大きな勇気を与えてくれます
「目が見えないから何もできない」のではなく
「目が見えないからこそ本質を見る」
それこそが今を生きる私たちが学ぶべき
真のレジリエンスではないでしょうか
というわけで
今日も一日頑張っていきましょう!
「見えないからこそ本質を見る」へのコメント
コメントはありません