
おはようございます
週の2日目の火曜日の朝です
昨日は午前中は事務所で申請書類の作成
オンライン申請で1件申請
午後はクライアント先を2件訪問打合せ
夕方になり事務所に戻り申請書類作成
オンライン申請で3件申請
あとは資料整理など
さて今から191年前の1835年3月23日は
日本の第4代内閣総理大臣を勤めた
薩摩藩出身の松方正義が生まれた日だそうです
幕末期には島津久光の側近として活躍し
生麦事件や寺田屋事件などにも関わりました
維新後は大蔵省に入り財政官僚として
着実に実績を重ねていきます
内務卿大久保利通のもとで地租改正に携わり
西南戦争では戦費の多くを紙幣増発で賄うなど
日本の財政運営に深く関与しました
その後、政府紙幣整理の課題にも取り組み
近代国家としての財政基盤の確立にも
大きく貢献したことで知られています
明治18年に内閣制度が確立されると
第1次伊藤博文内閣で初代大蔵大臣に就任
続く黒田清隆内閣でも重用され
やがて内務大臣も兼任しました
明治24年第1次山県有朋内閣の後を受けて
総理大臣に就任し大蔵大臣も兼ねながら政権担当
彼の政策は「松方財政」として知られ
デフレを伴う引き締め政策を通じて
財政の立て直しを図りました
また日本銀行の創設にも
大きく関わったことで知られています
彼の信条を表す言葉として有名なのが
「我に奇策あるに非ず。我は寧ろ奇策を忌む。
唯正直あるのみ。正直に之を行へば、人民必ず之を信ぜん」
というものです
奇をてらわず誠実に物事を進める姿勢は
まさに実務家としての松方の本質を示しています
政治家というよりも現実に根ざした堅実な
官僚という印象の強い人物ですが
こうした存在こそが近代日本の基盤を
支えたことは忘れてはなりません
その一方でこんな逸話も残されています
松方は正妻のほかに複数の妾を持ち
早世した子も含めて26人の子をもうけました
ある日明治天皇から子どもの人数を
尋ねられた際即答できず
「いずれ帰宅、調査の上、奉答仕りまする」
(後日、調査の上、報告申し上げます)
と答えたという話は今ではあり得ない(笑)
人間味あふれる一面として語り継がれています
という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!
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