「やろうと思った人」と「何もやらない人」の違いって何だろう?

「やろうと思った人」「何もやらない人」
って、何が違うのか、どう違うのかご存知ですか?
今日はある本の内容から
まず一部ご紹介させていただきますね

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以下引用

5羽のカモメが防波堤にとまっている。
そのうちの1羽が飛び立つことを決意した。
残っているのは何羽だい?

・・・・・4羽です。

そうじゃない。
5羽だよ。

いいかい?

誤解されがちだが、
決意そのものには何の力もないんだ。
そのカモメは飛び立つことを決意したが、
翼を広げて空を舞うまでは
防波堤にとまったまま。
残りのカモメとどこも違わない。

ここまで
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私は、何かをやろうと思うこと自体にも
価値があるんだと思っていました
少なくとも何も考えていないよりは
大きく違うんだって思ってました

でも違うようです
同じなんです
やろうと思うこととやらないこと

ここからまた続きがあります

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以下引用

人間だって同じだよ。
何かをしようと決意した人と
そんなこと考えてもいない人とでは
何の違いもないんだ。

ところが人は、
他人のことは行動で判断するのに、
自分のことは決意で判断することがよくある。

しかし、
行動を伴わない決意は、
期待してくれている人に対する
裏切りでしかない。

以上引用:「希望をはこぶ人」
アンディ・アンドルーズ 著
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「行動を伴わない決意は裏切り」
かなりきつい言葉ですよね
でもよく考えてみればその通りかもしれません

やろうと思ったことと何もやらないこととは
実は全く同じで何の違いもないんです
そうかもしれませんね

他人に対しては行動の結果を求めてしまう
しかし自分自身は判断だけで止まってしまう
思いつくことだらけです

何かを指摘されて今そう思ってたのに
と思わずむっとしてしまうことありませんか
しかし飛び立とうと決意しただけでは
ほかのカモメとまだ同じなんです

成長を創り上げ、成果を生み出すのは
思うか思わないか?ではなく
やるかやらないか?なんです

やろうと思った人と何もやらない人
そこには何の違いもないというお話
ちょっと考えさせられました

さあ、あなたはおもうだけでなくて
きちんと飛び立ててますか?