社説とインフォメーションの矛盾

 

おはようございます
正真正銘、今月最後の日曜日の朝です(笑)

巷では緊急事態宣言の延長と併せて
オリンピックの中止に向けて世論が
SNSを中心に盛り上がっています

よく考えればそもそも今回のオリンピックは
当初はスモールオリンピックと称して
費用も手間も最小限に抑えて
シンプルに行うと言っていたような気がします

何となく風向きが変わり始めたのは
新国立競技場の設計のあたりからかなぁ
あとエンブレムのデザインのやり直しとか

某元知事の説明によれば
誘致決定した時点ではきちんとした
理念や理想があったらしいけど
組織委員会会長の人選が
オリンピックの不幸の始まりのようです
それから情報発信もなくなり
運営もガバナンスもなくなって
国民の意識から離れてしまったんだとか

ということで原点に帰るならば
参加者も選手と運営に必要な最小限のスタッフ
競技は無観客開催で観戦はオンラインや映像
当然IOCの幹部とか関係者も何かあったら
きちんと責任を取ってくれる人だけ来日

そういう形でやればいいんじゃないかと
思うんですけどやっぱ素人考えかなぁ

ということを考えていたら某新聞社の社説に
次のような掲載がされていたのが話題に

—–
以下抜粋引用

新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、
東京都などに出されている緊急事態宣言の
再延長は避けられない情勢だ。

この夏にその東京で五輪・パラリンピックを
開くことが理にかなうとはとても思えない。

〈略〉

五輪は単に世界一を決める場ではない。
肥大化やゆきすぎた商業主義など数々の問題を
指摘されながらも支持をつなぎとめてきたのは、
掲げる理想への共感があったからだ。
五輪憲章は機会の平等と友情、連帯、
フェアプレー、相互理解を求め、人間の尊厳を
保つことに重きを置く社会の確立をうたう。

憲章の理念はどこへ
ところが現状はどうか。

〈略〉

憲章が空文化しているのは明らかではないか。
人々が活動を制限され困難を強いられるなか、
それでも五輪を開く意義はどこにあるのか。

以上
——

という主張ですがここで
オリンピック中止の意見を述べること自体は
言論機関として主張することは当然あるべき
が、あれ?って思うのは同じ会社が
同じ日にこんなことも言いいながら
オリンピック開催の後押しをしてるのは
一体どう捉えるべきなのだろうか?

—-
以下抜粋引用

オフィシャルパートナーとなったのは、
オリンピック憲章にうたわれている
「スポーツを通じ、若者を教育することにより、
平和でより良い世界の構築に貢献する」
との理念に共感したからです。

〈略〉

新型コロナウイルス感染の拡大により、
大会の開催を懸念する声が広がるなど、
さまざまな議論がなされる状況となっています。
感染状況などを注視し、オフィシャルパートナーと
しての活動を続けてまいります。

〈略〉

以上
—-

さすがにこれはすごいよなあ
空文化しているのが明らかであるとか
開催する意義はどこにあるのか
と厳しく批判する一方でその憲章の理念に
共感をしているんだそうです

空文化しているような理念に共感するかぁ

開催は中止すべきという一方で
オフィシャルパートナーとして
開催を支えるための役割も担おうとする
いくらなんでもそりゃねぇだろうよ、、

報道機関の役割って一体なんだろう
まだまだ私の世の中への理解が浅いのかなぁ

朝日新聞社説

朝日新聞インフォメーション

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