衆議院が解散、◯◯解散、今回は果たして何解散?

おはようございます
またまたあっという間の金曜日の朝

昨日は朝一でちょっと事務所で準備して
いつもより早めに事務所を出発して
東関道を走って品川の東京入管
一昨日仕上げた認定3件更新3件を窓口へ
それと不許可案件について理由の確認
実はこの不許可理由の確認はかなり大事
で、入管が終わると続いて東京運輸支局
運送業の変更認可申請などを提出
続いて午後からは東京都内で打合せを1件
引き続き千葉県内のクライアント先の事務所へ
戻るともう夜になってましたが事務所で諸々作業

さて、そんな慌しい一日を過ごしていると
ニュースのチェックをマメにやっている自分も
慌しさの中でついニュースを見落として
しまうこともありますが昨日は
とうとう衆議院が解散というニュースが

衆議院解散というとメディアでは解散について
◯◯解散みたいな言い回しがつかわれますが
今回は果たして何解散かなぁと思ったら
今のところ、これっていうのはないようですね

会見で首相は未来選択選挙と言っているようですが
何かイマイチ歴史に残るネーミングではないなぁ

ということでこれまでの解散について
どんなのがあったのかをちょっと確認
で個人的な印象に残ったのをあげてみた(笑)

バカヤロー解散

1953年2月28日衆議院予算委員会での
吉田茂首相と社会党右派西村栄一議員との質疑応中
吉田首相が西村議員に対して「バカヤロー」と
発言したことがきっかけとなって衆議院が解散
バカヤローも小声で言ってしまったのをまたまた
マイクが拾ってしまって騒動となってしまった
映画「小説吉田学校」にもこのシーンは出てきます

ハプニング解散

1980年5月19日当時の大平内閣の不信任可決により
衆議院解散となったがこの内閣不信任案可決は
社会党の提出した不信任案に対して自民党反主流派が
本会議を欠席したことからに可決してしまった
与野党共に不測の解散であったのでこう呼ばれる
いわゆる40日抗争を受けての流れで
初の衆参同日選になったが選挙中に大平首相が急死
自民党は衆参で歴史的大勝利となった

死んだふり解散

1986年中曽根康弘首相は在任4年目に突入していて
世論調査では高い内閣支持率を保っていたので
中曽根首相は前回総選挙で失った議席回復のために
衆参同日選挙を目論んでいたものの前年に出された
最高裁判所が衆議院の議員定数の一票の格差に対する
違憲判決が解散総選挙の障害となっていた
そこで同日選をやらないという趣旨の約束で
与野党で定数是正を行ったがあとから定数是正の
周知期間の盲点をついてずっとやらないと言っていた
衆議院解散を断行し衆参同日選を実施し自民党は
大勝利となり中曽根首相は総裁任期延長となった

他に、郵政解散田中判決解散追い込まれ解散など

今回の解散も新首相就任直後の解散であったり
解散から投票日までの期間の短さであったり
歴史的に異例づくめであるので記録としては
歴史に残る解散なんですがネーミングとしては
解散翌日の時点ではこれっていうのはないなぁ

とは言え事実上始まった国民の選択の機会
日本の未来を見据えた選択をしていきましょう

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

「衆議院が解散、◯◯解散、今回は果たして何解散?」へのコメント

コメントはありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください