俳人松尾芭蕉は実は〇〇だった?

おはようございます
週の真ん中水曜日の朝です

昨日は朝一で申請書類の整理
それから官公庁などを何箇所が廻ってから
最近お馴染みの東京品川の某官公庁へ
申請書類が正味5件と資料預りが3件

さて今から328年前の1694年10月12日は
俳諧師として多くの俳句を世に遺した
松尾芭蕉が永眠した日だそうです

この日は芭蕉を偲びその功績を讃えて
芭蕉忌(ばしょうき)とも呼ばれています

時雨忌(しぐれき)」「桃青忌(とうせいき)
翁忌(おきなき)」といったよびかたも
使われているようですね

芭蕉が全国を旅し始めたと言われるのが45歳

今でこそ人生80年時代で45歳といっても
まだまだこれからともいえる時代ですが
平均寿命が50歳前後の当時は45歳から始めた
この俳諧の旅はかなり高齢であり
移動距離やその速さは現代のスポーツ選手でも
割とキツい行程だったといわれています
そこでいわれているのが

「松尾芭蕉=服部半蔵」説

また当時は藩境や要所には関所があって
幕府の関係者でもない限り諸国を自由に
行き来するのは困難だったことなどから

「松尾芭蕉=幕府の隠密」説

なども言われています

また芭蕉と「かごめの唄」に関する俗説もあり
実は資料乏しく謎多き人物として
この松尾芭蕉は語られているようですね

こういうマニアックな話題はハマり出したら
キリがなさそうなので、そのうち気が向いたら
また掘り下げていこうかなぁ(笑)

という訳で
今日も一日頑張っていきましょう!

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