従う者は僅かでも、いや、たとえ自分一人だけでもやる

おはようございます
今週もあっという間の金曜日の朝です

昨日は朝一で千葉地方法務局にて以前より
準備していた帰化申請書の提出に同行
無事に受領受付となりました
それから県内某所のクライアント先へ
そこから事務所に戻り申請書類の作成と
来客対応など

さて今から
157年前の1865年1月12日(元治元年12月15日)
は高杉晋作ら正義派と呼ばれた長州藩諸隊が
いわゆる俗論派打倒のために起こしたクーデター
世にいう「功山寺挙兵」(こうざんじきょへい)の日

禁門の変で京を追われた長州藩は
幕府による第一次長州征伐が迫るなか
幕府への恭順止むなしとする保守派(俗論派)の
台頭により高杉ら「正義派」は実権を奪われる

しかし長府・功山寺から高杉晋作は
萩政府を倒すべく一か八かの賭けに出た

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従う者は僅かでも、いや、たとえ自分一人だけでもやる

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その高杉晋作の気迫が幕末の長州に奇跡を起こす
高杉晋作による功山寺挙兵から勢いに乗った正義派は
俗論派から藩の実権を奪還することに成功

そこから坂本龍馬の仲介で薩長同盟が成立
桂小五郎を中心に長州藩は更に勢いを増し
幕軍に勝利し、朝敵から官軍となり鳥羽伏見などを
経て明治維新へと歴史は流れていきますが
高杉晋作による挙兵の判断がそうした歴史に
大きな影響を与えたといえます

人生の中では時としてどうなるが分からないが
一か八かの勝負に出る時もあるかもしれない

その時の成否を分けるのは
結局はどこまで本気なのかということ

中途半端な決意では何事も成就しない
高杉晋作の決断はそんなことを思わせる
歴史の一コマ

まぁここまでの決断を迫られる場面なんて
実際にはそんなにないかもしれませんが
しかし決断の場面はいつも私達の前に
実はあるのかもしれません

というわけで
今日も一日頑張っていきましょう!

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